当然の親切

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当然の親切


駅前のバス停にバスがいて、乗降口を開けて待っているのが見えた。
荷物が重かったのでどうしても乗りたい。
出発まであと何分か分からないけれSEO優化ど、今にもドアが閉まりそうに思えて足を早めた時、前方に老夫婦が現れた。同じようにバスに向かっている。

二人とも70才近いだろうか。奥さんの方は太っていて足も少し悪いらしく、小さい手押し車を押している。あそこなら運転手さんからも見える位置だから、あの人達が乗るまでは出発を待ってくれるだろうと少し安心した。

ほどなく、スタスタと先を行っていたおじいさんがバスの入り口に辿り着いた。おばあさんを振り返って「おい、開いているぞ!」と言って急げとばかりに手招 きをする。おばあさんはよたよたと歩いている。直にわたしは追いつき、ドアの前で一緒になる。おじいさんはステップの上に立っている。

この時わたしは、老婦人に手微創手術を貸そうと思う一方で、今にもおじいさんが一旦降りてきて手押し車を持って上がると、勝手にイメージしていた。まだまだお元気そうなおじいさんだったし、両手もあいていたからだ。

けれども、じいさまは動かず見下ろしている。ばあさまは躊躇することなくひとりでエイヤと手押し車を持ち上げ、乱暴にステップに掛けようとする。驚いてわ たしは、空いていた片手を伸ばして手押し車の下の方を支えた。重くはない。でも、片手では不安定だし、どうにか持ち変えないと上に上げることはできない。 「ちょっと! よう上がらんわ!」と言って、怒ったようにおばあさんが身体をよじる。それでやっとおじいさんが動き、わたしの手から手押し車を引き取ってくれた。

……で、バスに乗り込む。
わたしはすぐに降りるので前の方に立つ。
夫婦はシルバーシートに並んで座活出真我り、床を見つめて手押し車を支えている。
エンジンがかかり、ドアが閉まってバスは走り出す。

その振動に身を任せながら、ふつふつと可笑しくなってきた。
当然のように、「どういたしまして」と言ってにっこり微笑むつもりでいたらしい自分が可笑しくてたまらない。
あれくらいのことで感謝されると思っていたのか?

いや、流れとしてそうなるだろうと思っていたのだ。
経験的に言って、たいしたことじゃなくたって「すみません」や「あいがとう」は言ったり言われたりする世の中だ。

でも、ふたりとも、見事になにも言わなかった。
「すみません」も「ありがとう」も、言ったり言われたり、言われなかったりするのが世の中なのだなあ。
わたしのことなど、見えていなかったかのようだ。

でもまあ、「余計なことするな!」とか言われるよりずっと、よかったと思う。
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